葬儀は誰の為にある?

偶然チケットが取れた舞台の地方公演
まだ耳に残る歌声をウットリと味わいながら帰宅した。



そうそう、スマホの電源電源

あらっ!1通のメール!



後で反芻するつもりだった歌声が一瞬で遠のく。




*******************************

sponsored link




*******************************



遠方の親戚の訃報。


実際に会った回数は数えるほど、だけどとてもお世話になった人。
父方の血筋で
なんとなく面差しが父に似ている人。
とても穏やかで、紳士的で、父がこうだったらと憧れた人。





そういえば、ここ数年
年賀状が届かなくなった。

どうやら闘病中だったらしい。



片道5時間強、家から出る時間でトータル6時間。
どうしても外せない用事があって日帰り必至。
どう見積もっても、現地滞在時間1時間ちょっと。




それでも
最後のお別れに、この世の最期の姿に会いに行こうと
昨日一日
忙しく動き回っていた。



JR路線検索
時刻検索
始発は4時台!朝いったい何時起きーーーーー
だったら、チケット今日中に買いに行かなくっちゃー
こっちの駅近のパーキング検索


ああそうそう、お金お金
銀行へダッシュ



中学生の息子のご飯
着替えの洗濯
部活の朝練始まってるけど、起きられるだろうか(^_^;)






準備をしながら
何か自分にブレーキをかけるものがある。


いやいや立ち止まっている時間はない。


あーーー!!!
ストッキングがない!
買い物を終え、車のエンジンをかけたら・・・



なんだ!
このランプ?何らかの不具合?
なんで今頃?
機械にはめっぽう弱い私。そのまま車屋さんへ直行した。


ただ待つのみ。
夕べからずっと突っ走ってきたけど
はじめてゆっくりと腰かけて
考えた。


葬儀っていったい誰の為のモノだろう?



故人の為?
遺族の為?
親族の為?





ふと頭に浮かんだ光景がある。
揺れる真珠のネックレス
父の葬儀、親族の首元に光る装飾品




闘病、介護の末の最期
直接介護には関わっていなかったが、母を支え続けてきたつもり(→遠距離介護の日々)。



もうヘトヘトだった。



母の代わりに葬儀の段取りを任された。
親族の宿泊の手配(近くに親族は一人もいない)
実家に遺影になるものを探しに行き
棺に入れるものを取りに行き
仏壇のない家だったので、お付き合いのあるお寺もなく・・・
喪主の挨拶をし


もうグチャグチャだった。



そんなとき、
キレイに着飾って参列する遠方の親族を複雑な思いで迎えたことを覚えている。
故人への思いって、そんなもんだよな~と。







出してもらったアイスティーをすすりながら
心にあったブレーキの正体に気づいてしまった。





たった1時間だけ、故人のお顔を見てとんぼ返り
これって、自己満足かもしれない。
しかも、闘病中であったなら奥さんもきっと大変だったはず。


だから行かない。
こちらで静かに手を合わせよう。
そう決めた。
お参りは、また後日改めて。





葬儀っていったい誰の為のモノだろう?





いろんな考えがあるだろう。
独りよがりな決断が正しかったのか、否か、今も分からない。




ただ、はっきりしているのは
生きている内に、会いたい人にはちゃんと会っておこう。それだけ...

*************************************
お読みいただきましてありがとうございました。
ランキング参加中です。皆さまの応援が励みになります。