私の覚悟


母が夏服が欲しいと言うので見に行った。
シニアファッションが置かれているコーナーへ。
小花が散っていたり、色がくすんでいたり・・・
いかにも年寄りの服っていうのは、なんだかぱっとしない。

別に外を出歩くわけではない。
週2回のデイサービスが唯一のお出かけだけど、やっぱりおしゃれな母でいてほしい。

毎晩の電話で
「まぁ、仕方ない。」と母は締めくくる。

直接命に拘るわけではないが、徐々に進行していく病気。
家の中はあちこち手すりが付いている。
トイレや、風呂場の段差も取り払った。

またここへきて
できないことが増えた。

デイサービスの様子を聞くと、
いろいろな出来事を話した後に必ず、あの人は綺麗に歩けるから・・・
必ずそう締めくくる。

母のつらさに寄り添うことはできても、本当のつらさを理解することはできない。
だから、同じ話でも何十回も、何百回も聞いている。
「そうか。」「そうだね。」と。
母にとっては、しゃべることも十分リハビリだから。

これも十分介護だと自分自身に言い聞かせる。
一緒に住んでいたって、朝起きたら冷たくなっていたとか、
帰ってきたら息をしていなかったとか、
そういうことだってある。
その時はその時だとまた自分に言い聞かせる。
今自分にできることをやる。ただそれだけ。

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シニアコーナーを物色して
やっと見つけた2着。
少しでも明るい気持ちになってほしい、そんな願いを込めて・・・

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好きなものは何ですか?

ファミレスに行った。
「洋風ツインバーグ」と
「ポテトフライ」と
「ミートソーススパゲティ」と・・・
おいおい、どれほど食べるんだい

次男は遠慮ということを知らない。
これじゃあ、ファミレスを選んだ意味がないというほど注文する。

一方、長男は頭の中で電卓叩いているんだろうなぁという注文をする。

親としては長男の気遣いはありがたいが、
私個人としては、次男の自由奔放さがうらやましい。

50歳を前に私ってなんだろう?と考えるようになった。
父が亡くなって一段落、
子供に手がかからなくなって一段落、
夫には相変わらず手がかかるが・・・
そこで自分に目がいくようになったのだと思う。

目の前のことをがむしゃらに片づけてきた。
今できることは何かを考えて突っ走ってきた。
いつもいつも必死だった。

ふと我に返ると
あれ?この服似合ってない?
あれ?この髪型ちょっと違う?
去年まで当たり前だったものに違和感を覚えた。

あれ?何が好きだったっけ?
・・・・・・・・・・・
え?答えられない!
自分で自分のことが分からない。

好きなものは何ですか?
自分で自分に問いかける。
これがこれからの私のテーマ。

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遠距離介護…「うちではもう無理です」と断られて、その後。


父のケアマネさんから勧められたのは、小規模多機能型居宅介護だった。

施設を見学し、設備、サービス内容など一通りの説明を受けた。
正直中身など頭に入ってこない。
また断られたら・・・そんな想いばかりが先立って
必死で説明を聞く振りをしていたような気がする。
必死で父想いのいい娘を演じていたような気がする。

とにかく・・・
特養でも、老健でも、グループホームでも
何でもいいから、
とにかく・・・
父を預かってほしい。
ただただそれだけだった。

この日に決めてスッキリした気分で帰宅したかったけど、
「本人の意向が大事。一度お父さんに見学してもらってから決めましょう。」と言われた。
そりゃそうだ。
無理強いするとまた二の舞だ。
あんな惨めな思いをするのはもうごめんだ。
また3時間半かけて自宅に戻り、後の父の見学を待つことになった。

帰り道、夫が言ったこと。
「要介護3以上になったら、自分で死ねる薬があったらいいのに・・・」
母や私を慮っての言葉だったのかもしれないが、
今も心に突き刺さったまま。
自分の親がその状況のとき、果たして同じ言葉が出てくるのだろうか?
図星を刺されて痛かった?自分自身に問いかけた。それでもあなたには言われたくないと思った。
やっぱり夫は他人だ。
この感情も介護がもたらす負の一面だろう。

後日、電話に出た母の声色でホッとした。
施設側も当時オープンしたばかりで利用者募集中だったこと、
また当の本人も「行く」と返事をしたことで新しい場所、
私たちにとっての命綱を確保できた。

捨てる神あれば拾う神あり、だ。


それからわずか4ヶ月後、父は他界した。
決して平穏な4ヶ月ではなかったが、介護職員さん達にはずいぶんお世話になった。
うまく歩けないのにベッド脇のポータブルトイレを嫌って自力でトイレに立とうとする父。
夜中に転んで大変なとき、すぐ駆けつけてくれたそうだ。
興奮状態で母に暴言を吐いていた時も、深夜にも拘らず本人が落ち着くまで傍にいてくれたそうだ。
わがままな父を大切に扱ってくれてありがとう。



父のことを書き始めて、また夢を見た。
夢の中の父は怒っていた。だから夢の中の私も怒っていた。
朝ヘトヘトになって目覚めた。顎が痛い。
きっと奥歯を噛みしめていたのだろう。

覚えている父の顔はいつもしかめっ面。
笑顔を向けられた記憶がない。
そんなに家族が重荷だったのなら、なんで結婚したんだろう。
いつもイライラ不機嫌。いったいどうすれば満足だったのだろう。
長女だった私が嫁いだことが気に入らなかった?
家族の中で女三人が仲良くしているのが面白くなかった?
男である父を立てなかったから気に入らなかった?

最後の最期まで分からなかった。
以心伝心なんてありゃしない。俺の気持ちを察して欲しいなんて、そんなの甘えだ。
ちゃんと言葉で伝えなければ分からない。
夢の中で私はいつも父にそう言い続けてる。

だって、ほら最期に感謝の言葉を伝えたくとも、そのとき喋れなくなっているかもしれない。
そうだったでしょ。

あれから、
「私・・・ありがとうって言ったっけ?」と確認作業が欠かせなくなった。大事な言葉はきちんと伝えておきたい。

あれから、
ときどき怒りの感情とともに、父が夢に現れる。
いつになったら、父に対してフラットになれるのだろう。大嫌いだったけど、やっぱり嫌いになりきれていない、きっと。
血って、ややこしい。

そして、今日も遠距離介護は続く。
午後は母の夏服を見に行く予定だ。

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遠距離介護…「うちではもう無理です」と断られて…


また片道3時間半かけて実家に向かう。
これからのことを考えると、道中ため息しか出て来ない。
一旦実家に荷物を置いて、母の車で施設に向かった。

ちょうど父は夕食を食べていた。
母の姿を見ると「帰りたい。帰りたい。」と興奮して暴れだすといけないと言われ、今日は私だけだ。
いったいどんな暴れ方をしたのか・・・

「父さん。来たよ。」と呼び掛けた。もちろん返事はない。元気な頃からまともな会話など成立したことがなかったのだから、最初からこちらも期待していない。

皿からこぼれ落ちた野菜をスプーンで掻き集め、口に運ぶ。以前は絶対しめじなんて食べなかったのに。
手先がうまく使えず、それでも一心不乱にしめじを追いかけている父。
居たたまれなくなって、スプーンを借りて口まで運んでやった。父さん、自分でやるから放っておけ!とは言わないんだね。

別人だ。
味覚まで変わってしまうんだ。
どうせ変わるのなら、その頑固な性格が変わったらよかったのに・・・
いつもニコニコかわいいお爺さんだったら、みんなから愛されるのに・・・
介護のプロにもさじを投げられた。
見捨てられたようで、せつなくて、情け無くて、腹が立って、もうぐちゃぐちゃだ。
自分も父から逃げたくせに・・・ね。

食事を終えた父が部屋のベッドに横たわるのを確認して、職員さんと少し話をした。
「妊娠している職員もいるし・・・怪我でもしたら大変だし・・・ねぇ。」と
父が暴れたことをやんわりと責められた。
まるで子供が悪さをして呼び出しを食らった親みたい。

いったい
私が何をしたというのだろう。
親に反抗などしたことのない扱い易い子供だったはずだ。
私が何もしなかったからバチが当たったのだろうか。

とりあえず、今月いっぱいショートステイで預かってくれる。
それでよしとしなければ仕方ない。
「すみません。お世話になります。」と頭を下げて施設を後にした。

明日はケアマネさんとの面談。
父の今後のことについて話合う。

今から数年前のことだけど、
思い出すと今でも息苦しくなる。








遠距離介護…「うちではもう無理です」と断られた日。


毎晩、母に電話をかけている。
  「今日は何をしたの?」
  「デイサービスはどうだった?」
  「何か面白いTVやってる?」
話題は他愛もないことばかり。
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事情があって母とは離れて暮らしている。いわゆる遠距離介護をしている。

下の子どもが2か月の頃、父が倒れた。
まだ首の座らない赤ん坊を抱きかかえてかけつけた。
ICUでたくさんの管に繋がれて横たわる父。
もうダメかと親戚もかけつけた・・・
人間の生命力ってすごいもんだ。
本人は(川の?)あちら側に渡りかけたが、やり残したことがあると思って引き返したそうだ。
本当かどうか分からないが、母からそう聞いた。

喜んだのも束の間、それから老々介護が始まった。

その2年後、母からの電話。「私、ひょっとして大変な病気かもしれない。」
病名を知って驚いた。
今の医学では治る見込みのない病気。
専門書を読み込んだ。目の前が真っ暗になった。途方に暮れた。
これからどうなるの?と叔母に電話して涙が止まらなかった。

それから10年経つ。
親の介護という問題を目の前に突き付けられた10年。

ある日実家から5回も電話が入る。
また父がわがままを言って母を困らせているらしい。
突然歯医者に連れていけと言い張っているらしい。
言い出したら最後まで我を通そうとする。

実家へ行って愕然とした。
部屋はめちゃくちゃ、あちこちに病院で処方された薬が散乱している。

日を改めてケアマネさんと会う約束を取り付けた。
人が家に入ることを嫌う母を説得、ヘルパーさんに来てもらうことにした。

母も足元がおぼつかない。役所で玄関先までのゴミ収集ができないかと頼んでみた。

週末片道3時間半かけて実家へ行き、着くなり庭の伸び放題の草刈り、部屋の片づけ、日用消耗品、食材などの買い物。
日曜日にはまた3時間半かけて我が家へ戻る。

時には中学生の息子を留守番させて実家の用事を済ませた。
そんなときに限って、息子から熱っぽいと連絡が入る。

盆、正月は、母を連れて介護施設回りをした。
老健、特養、順番待ちの申し込みをした。

父が要介護4になった頃、母の負担を少なくするように公的介護サービスは全て使った。
ショートステイを週2回、在宅のときはヘルパーさんに食事の介助、清拭を依頼して
なんとかやり過ごしていた。
そんな中、特養でロングステイの空きが出たとの連絡。
これで少し楽になるねと母と話した矢先、父が暴れて「うちでは看られない」と呼び出しを受ける。

どうしよう。。。


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息子の彼女


あぁ、邪魔だぁ~!


えっ?何が?
小学生の息子がイライラしながら叫んでる。
目に入って痛いし、汗かくと重いし、あああぁぁぁぁぁ、もうっっ、切ってしまいたい!


このまつ毛!みんなの短いまつ毛がうらやましい!
母さんに喧嘩売ってる~ 

なんとも羨ましい悩み。
夫譲りのバッサバサのまつ毛。君はなんて贅沢なんだ!
絶対伸びるという触れ込みのお高い美容液に手を出して、何度騙されたことか・・・
緑内障の目薬で伸びる?という噂を聞きつけ、なんとか手に入らないかなぁと思案したこともあったっけ・・・

息子にとって今大事なのは、汗だくになって外で遊ぶこと。
長~いまつ毛は邪魔な装飾物でしかない。
だから切ってしまおうなんて、物の見方でこうも変わるとは恐ろしい

でもね。あと数年して、その装飾物が大きな武器になることを知るだろね~。
女の子の父親が悪い虫がつかないようにと祈るように、
男の子の母親も心配はしているのだよ(笑) 完全に親バカだな。

息子に彼女ができたら、たぶんそれだけで嬉しい。いろいろな人と付き合って、
いろいろな経験をいっぱいしてほしい、ただそれだけ。
それだけ。 ほんとに・・・?

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元々結婚願望なんてなかった私。
ゴタゴタが重なって・・・とにかく父から離れたかった。
だからといって相手は誰でもよかったわけではない。父とは正反対の人を選んだつもり。
穏やかで、話ができて、一緒に笑い合えて・・・
でもそんな理想どおりにはねぇ。どこの家庭にだっていろいろある。
長年一緒に暮らしていると、
やっぱり程度の差はあれ男なんてみんな一緒だと思うようになった。
これから子供に手がかからなくなって、
夫婦ふたりの生活を・・・と考えただけで気が重い(笑)
これって私が結婚生活にいいイメージをもっていないから?
だったら元々仲良し家族、仲良し父娘ならばうまくいくかしら・・・なんて。


最近TVによく出ている脳科学者の中野信子さんが書いていたこと。
女性にとって出産するということは、体に非常に負担がかかること。
でもあえて恋愛、結婚、出産をさせるために、脳が作用する。
人間だって動物だもの。子孫を残すことは一大事。
つまり出産が終わってからの状態が、冷静に物が考えられる普通の状態だということらしい。
夫に恋愛感情が持てないといった趣旨の相談に、それが当たり前だとバッサリ!
脳ってすごいっ!そして罪作りだな。


なるほど~。
子供を産んでから、新たな関係がスタートするということか。
夫という他人とどう付き合っていくか。
へんな浮ついたフィルターを外して改めて相手を直視して
あれ?こんな人だっけ?となるんだ。
だったら相手の父娘関係が良好かどうかより、息子本人の人間性を磨いておくことが大事。
これが非常に難しいのだけれど・・・

ついつい親は子供の往く手の障害物を取り除いてやりたくなる生き物。
でも目の前の障害物をどう処理するのかも、本人次第。
叩き割ろうが、横に避けようが、誰か助けを呼んで来ようが・・・とにかく自力でがんばれ!

だからどんな娘でもあなたが選んだ人ならOKよ。
楽しみだ~ 彼を連れて来るかも・・・その時はその時で考えよう     

なんてことを考えながら買い物に出かけた。
お昼から晴れ間が出るとか。だから今朝の目覚めは少し楽♪           
体が軽いと心も軽い。
いつもと景色も違って見える。
道路脇の可憐な花に目が留まった。
決して自分が汚くなった(「女の旬って」の記事)から、花の写真を撮った訳ではないわー
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誰にも言ってないこと。

あれだけ嫌で嫌で避けてきたのに最近よく考えている。
父のこと。


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30年近く同じ屋根の下で暮らした。
楽しかったことがあったっけ?
ひとつの話題で笑い合ったことがあったっけ?



テレビを見ていると
後からやって来た父が「そんな番組おもしろくないだろ!」と
おもむろにチャンネルを変える。

巨人ファンだった父に少しでも歩み寄ろうと
「今のプレーは○○だったね。」と話しかけると
「野球のこと分からないくせに!女は黙ってろ!」と怒鳴られた。

綺麗好きで仕事から帰ってくるなり自分の車を洗う。
夕飯作り、風呂の給湯で同時に水を使うと洗車ができない。
外のホースの水が出ないと家の中に向かって大声で怒鳴る。

いつもいつも人の都合などお構いなしだ。
だから父が帰宅する夕方になると、家族の内に緊張が走る。
ガタン!外溝の上の鉄板の音が鳴る合図とともに、
「あっ、帰って来た。」とみな無口になった。

書き出すときりがない。
でも、父が亡くなって母はそんなことはすっかり忘れてしまったようだ。
あれだけ私に父の悪行(笑)を聞かせたくせに、
今は・・・
綺麗好きだった父を褒め、
料理上手だった父を褒め、
日曜大工を起用にこなした父を褒め・・・
思い出を美化してしまっている。
人は嫌なこと、苦しかったことを忘れるようにできているからこそ生きられる。

それは分かるけど、だからといって全く180度方向転換
することはないじゃない。
だったら・・・
あの時両親の不和に真剣に悩んだ私の時間を返せ!文句を言いたくなる。
まぁ、母への不満はこの際置いておこう。




父との思い出は圧倒的に嫌な思い出が多い。だから意図的に避けてきた。
でも、この頃映像の断片が頭の中でちらつくのだ。

車の後部座敷に敷き詰められたタオル。
海水浴帰り水着のままでもいいように・・・
ジュースの入ったクーラーボックス。
お盆の帰省、長旅で喉が渇くだろうと・・・
バイクの後部座席に乗った私と妹。今にも落ちそうで必死に荷台にしがみついていたこと。
三人乗りはダメだよね・・・

必死でかけらを拾い集めて、自分が父に愛されていたと確認してる?
ちょっと哀れっぽいと自虐的になる。

でもひとつだけ、誰にも言っていないことがある。

臨月で里帰りをしていた時のこと。
地方の小さな市民ホールにあの有名なピアニストが来ると言う。
珈琲のコマーシャルにも出ていたあの人。
大きなお腹を抱えていたので躊躇していたら、父が車を出してくれた。
えっ?ピアノに興味あるの?と意外な感じ。そして何よりあの父と二人で出かける居心地の悪さ。
最初はそわそわと気持ちが落ち着かなかったが
万人受けする選曲でもあり、いつの間にか演奏に引き込まれていった。
アンコールはあの英雄ポロネーズ。
あの難曲をあれほど滑らかに、力強く・・・あぁ、やっぱりすごい!!と鳥肌が立った。
そのとき父がこちらを向いて言った。
「すごいね。」
この一瞬だけは紛れもなく父と感情を共有したと思っている。
遺影でさえ目は笑ってはいない。気負いのない父の顔を見たのは、後にも先にもこのときだけだ。

今になって何でこんなことを書いているのか、自分でもよく分からない。
学生の頃、父と子について書けといわれて、散々困ったのにね

今の私が書きたいから書く。それだけだ。

私は父のことが大嫌いだった。


今日は父の誕生日。
もし生きていれば今日で・・・81歳になる。
私は・・・
私は・・・

父のことが大嫌いだった。

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あれからずいぶん経った。
そろそろ7回忌。それまで母がもつかどうか。
今度の法事は私の仕事になるだろう。


父の最期に立ち会った。

身勝手でわがままでいつも母を困らせていた父。
男尊女卑を地でゆく根っからの九州男児。
母が泣きながら電話をかけてくる。
父は誰かに構ってほしくて仕方がなかったのだろう。
私の元に「母さんと別れるからどこかへ連れて行ってくれ!」と幼稚なことを言ってくる。
病気の母が必死で父の介護をしているにも拘らずに・・・である。
その度に、
母を助けてあげられない自分に苛立ち、
父のことが嫌で実家から逃げ出した自分の狡さを責めた。
なんでこの人が自分の父なのか?
嫌で嫌でたまらなかった。
本当に本当に苦しかった。



そんな父の最期に立ち会った。
苦しそうな呼吸がだんだん弱くなっていく。医師の「ご臨終です。」という言葉を聞いたとき
なぜだか涙がこぼれた。

あのときの気持ちはいまだにうまく説明できない。
父を慕う気持ちではあるまい。
生きることの壮絶さをまざまざと見せられたから・・・?
よく何のためにこの世に生まれたのかなんて問われるけど、特別すごい意味なんてないのだ。
あがきにあがいて苦しんで、必死に生きるだけだ。
そんなことを思った。


あれから数年。
父のことが好きかどうかと聞かれたら、やっぱり答えは変わらない。
でも、感謝はしていると答えたい。

父の死後、実家の片づけをしていて古い写真を見つけた。
母と赤ん坊の私のツーショット。
丸々とした赤ん坊の自分と、はじけるような若さを振りまく母。
セピア色の写真を眺めていて、はっとした。
向こう側に父がいるのだ。
レンズを通して私たちを見つめる父の眼差しがあるのだと・・・

どんなに嫌で逃げても逃げても追いかけて来る。
親子の縁はそう簡単には切っても切れない。


最近始めた体操教室で足指じゃんけんを勧められた。
血行促進にいいそうだ。
自分の体の一部なのに、うまく操れなくてもどかしい。
先生に指は動いていないのに、顔が歪んでると笑われた

この足どこかで見たことがある。
そう、あの病室で見た父の足の形とそっくりだ。




ずうっと気になっていること。

ねぇ、ほらあれ、何だっけ?
「・・・・・」
また同じこといってるよと息子の呆れ顔。



ずうっと気になっていることがある。
数年前の夏休み、子供の頃観ていたアニメの再放送。
あの野生動物と少年の物語。

エンディング曲は口ずさむことができるのに、脇を固めていた友達の名前は言えるのに
なぜか主人公の少年の名前だけが出て来ない。
ちょっとだけもやもやして、また後で調べようって思う。
そしてそのまま、日々の雑事に終われ忘れてしまっている。

時が過ぎ、何ヶ月も思い出すこともなかったのに
ふとまたこの「あの少年の名前何だっけ?」問題が頭に浮かぶ。

検索かければすぐに片づく。
でもあえてそれをしないで放置のまま。
「何だっけ?」とまたほんの少しだけもやもや。でも、必死に答えを探してはいない。
そして、時間が流れる。
その繰り返し。

昔上司に言われた言葉が甦る。
「目の前のホールのケーキをスパッと切り分ける。そして使ったナイフにはクリームひとつ付いていない。そんな風に問題解決する人だ。」と。
今そんな風に言われたら・・・手放しでは喜べないよな。
いつもいつも、なんでもかんでも白黒ハッキリ。そうしないと気が済まなかった。わ、若い!!

「ほら、あのアニメの主人公の名前、何だっけ?」

少年の名前が分かっても分からなくても困らない。
はっきりいって、どうでもいい類のこと。
分かったところで、「ああそうだった。ふーん。」という程の取るに足らないこと。

ここ数年、そんなどうでもいいことを繰り返し思い出し、曖昧なままにしている私。

なぜ?
そんなどうでもいいことをボンヤリ考える時間が心地いいのかもしれない。
なぜ?
力を抜いて、漂っている感じを楽しんでいるのかもしれない。
フロイトの防衛機制で自分を守っているように
ぼんやりとする時間を持つことで自分を守っているのかもしれない。
最近そんな気がしている。 ひょっとして私疲れてる?

今日もまた、あの♪おいで~今日もラスカル、ぼ~くの庭へ♪のメロディが頭の中でぐるぐる回っている。
「あの子の名前何だっけ?」
 例のどうでもいいことをまた考えている。
ふわふわ~ゆらゆら~ふわふわ~ゆらゆら~・・・



深夜のメール。。。



チカチカチカチカ

あ~また深夜に来たメールを知らせる点滅。

どうする?
チカチカチカチカ
後でもいいよ。だってメールだもん。

・・・・・・・・・

チカチカチカチカ

そんなに私を試さないで~

とうとう誘惑に負けてしまった私。
弱いね

Screenshot_2016-06-17-23-41-58.png  
 

 メールの主とは普段から話が噛み合わない。
えっ?そんなところから来る?という感じの返事しか返ってこない。
案の定、今回も
「○○さんの意向で☓☓しました。」
○○さんとは、例えば、社長、校長、部長、先生・・・いわゆる世間でいう権威的立場の人。
だから私は間違ってないのよ、文句ある~?って感じ。
まあまあ、ステレオタイプなご意見で、トホホ



今日一日を台無しにしたくなくて、深呼吸


ところでステレオタイプって何でそう言うの?
手元の機械便利だな~とササッと調べもの。
決して小さな機械如きに振り回されている訳じゃあないのよと言い訳しつつ、
知的好奇心をちょいと満たして、朝のルーティンワーク。
時間のロスがあった分、華麗な(笑)流れ作業が雑になり
「母さん、今日の目玉焼き固い」と言われた。


メールの彼女の権威主義。
じゃあ、その人がやれと言うことは何でもするの?
と小学生のケンカ並みのツッコミを入れたくなった。


深呼吸 深呼吸

彼女みたいな人は楽だろなー。
だって自分で考えなくてもいいから。

彼女みたいな人は生きにくいだろなー。
絶対と決めたことを守ることに躍起になっているから。
ある意味真面目過ぎるのかもしれない。

いつも「なんで?」と疑問を持つことから始める私。
もちろんそんなに真面目でもない。

今まで出会ったことのないタイプ。
すごく戸惑ったけれど


彼女も戸惑っているのかも・・・


彼女のことは分からない。
彼女だってきっと私のことは分からない。


そう、みんなが「OK」って満足する価値観なんてないよね。
「まる!」納得したよ!という返事が全員から返ってくるなんて思っちゃいけない。
人それぞれ、いろんな人がいるから面白い。面白いはず。


もうひとつ深呼吸、ふぅ~


そして、ひと言
「ありがとう。」とメールを打った。

と、とりあえず・・・ね。