叶わぬ思いを心の中で叫んでみた。


もしもし?




・・・・




もしもし? どうした?





・・わ・た・・じぶんで、き・・な・・・い・・から






母が電話口で泣いている。
まただ。妹となんかあったな。
毎晩電話していると、はいという第一声で何かがあったと分かる。
今日は、声に張りがなかった。




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母と妹は折り合いが悪い。
昔からそうだ。
高校生の頃だったか、日曜日の朝、2階自室で寝ていた私。
階下で2人の言い争う声で目が覚めた。せっかくの休日が台無しだ。
そんなことがよくあった。




妹は自分の言いたいことをポンポン言うタイプ。
本人は腹に溜め込まないから、後に尾を引かないのはいいが
結構きつい口調でまくし立てられた方は、たまったものじゃない。




母が若く、元気な頃はそれでもよかったが
年老いて、しかも病気で弱り切った心には受け止めきれない。




母の言い分を聞き
妹の言い分を聞き



どっちがどうと意見できない。




長い年月の間にできた親子の溝は、ちょっとやそっとでは埋まらない。
実家から遠く離れたところから、一方的に妹を裁くこともできない。
妹の方が圧倒的に母と関わる機会が多い。だから、遠慮もある。




妹が言う。
母さんの相手をしているとイライラする。
母さんは、自分の非を認めない。意固地だ。





わかるよ。
私もイライラすることがあるよ。
でも、それが老いるということだからしょうがない。
脳機能の衰えだから、しょうがない。
だから、たまには見ない振りをして、受け流さないと・・・





大人やなー。姉ちゃん。





とりあえず・・・

お互いイライラをぶつけあっても、良い結果は生まれない。
ストレスは体を攻撃する。
だから、私ができることを提案して、受話器を置いた。







あるブロガーさんがお母さまを亡くして
みなしごハッチになっちゃった と表現されていたが、
その一文を読んで、泣いてしまった。

母は、哀しいほどに年をとった。以前の穏やかで、芯の強い母はもうどこにもいない。




大人やなー。姉ちゃん。




全然、大人じゃないよ。私だって子どものままでいたいよー。

叶わぬ思いを心の中で叫んでみた。


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私の中に響く音。

夕食の後片付けをひと通り終えたところで、母に電話する毎日。
もう7年になる。
最初は、毎日っていったい何を話すの?と思っていた。
友達に話せば「偉いね。すごいね。」とねぎらわれる。
でも習慣にしてしまえばなんてことはない。
携帯電話のファミリー割引のおかげで、お金の心配もいらない。

昨日も、電話した。
かけることは問題なし。
でも毎回、病気が病気だけに母の第一声を聞くまでは多少の緊張を伴う。

なかなか出ない。
どこかで転んで動けなくなってはいないか?倒れているのではないか?
あれ?声に張りがない。
落ち込むような何かがあったのでは?具合が悪いのではないか?
などと、悪い方へ悪い方へと考えてしまう。

昨夜は「はぁい!」と明るい声。
あぁ、今日はいい日だったんだなと安心。
よく聞くと、妹が夕食にお寿司を持ってきてくれたそうだ。
「よかったね。ごちそうで。」と言って、早々に電話を切った。

母が楽しく機嫌よくいてくれたらいいじゃない・・・
でも、内心は複雑だった。
いつもいろいろ母のことをやっているのは私なのに・・・
なんだこのどす黒いものは・・・

たまにしか来ない妹に気を遣ってるのかもしれないけれど、
それはそれで割り切れない。

キシ、キシ、キシ。
私の中に響く音。
キシ、キシ、キシ。
本当に嫌な音だ。

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ちょいと余談になります。
あまりに殺風景なブログだったので、テンプレートを変えてみました。
ブログ初心者なので四苦八苦 ふぅ~
コメント欄もオープンにしてみました。もしよろしければ、足跡を残していってくださいね。
(※承認制にさせていただいてます。)

          2016.7.11 こりこ

私の覚悟


母が夏服が欲しいと言うので見に行った。
シニアファッションが置かれているコーナーへ。
小花が散っていたり、色がくすんでいたり・・・
いかにも年寄りの服っていうのは、なんだかぱっとしない。

別に外を出歩くわけではない。
週2回のデイサービスが唯一のお出かけだけど、やっぱりおしゃれな母でいてほしい。

毎晩の電話で
「まぁ、仕方ない。」と母は締めくくる。

直接命に拘るわけではないが、徐々に進行していく病気。
家の中はあちこち手すりが付いている。
トイレや、風呂場の段差も取り払った。

またここへきて
できないことが増えた。

デイサービスの様子を聞くと、
いろいろな出来事を話した後に必ず、あの人は綺麗に歩けるから・・・
必ずそう締めくくる。

母のつらさに寄り添うことはできても、本当のつらさを理解することはできない。
だから、同じ話でも何十回も、何百回も聞いている。
「そうか。」「そうだね。」と。
母にとっては、しゃべることも十分リハビリだから。

これも十分介護だと自分自身に言い聞かせる。
一緒に住んでいたって、朝起きたら冷たくなっていたとか、
帰ってきたら息をしていなかったとか、
そういうことだってある。
その時はその時だとまた自分に言い聞かせる。
今自分にできることをやる。ただそれだけ。

IMG_20160627_121734.jpg


シニアコーナーを物色して
やっと見つけた2着。
少しでも明るい気持ちになってほしい、そんな願いを込めて・・・

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遠距離介護…「うちではもう無理です」と断られて、その後。


父のケアマネさんから勧められたのは、小規模多機能型居宅介護だった。

施設を見学し、設備、サービス内容など一通りの説明を受けた。
正直中身など頭に入ってこない。
また断られたら・・・そんな想いばかりが先立って
必死で説明を聞く振りをしていたような気がする。
必死で父想いのいい娘を演じていたような気がする。

とにかく・・・
特養でも、老健でも、グループホームでも
何でもいいから、
とにかく・・・
父を預かってほしい。
ただただそれだけだった。

この日に決めてスッキリした気分で帰宅したかったけど、
「本人の意向が大事。一度お父さんに見学してもらってから決めましょう。」と言われた。
そりゃそうだ。
無理強いするとまた二の舞だ。
あんな惨めな思いをするのはもうごめんだ。
また3時間半かけて自宅に戻り、後の父の見学を待つことになった。

帰り道、夫が言ったこと。
「要介護3以上になったら、自分で死ねる薬があったらいいのに・・・」
母や私を慮っての言葉だったのかもしれないが、
今も心に突き刺さったまま。
自分の親がその状況のとき、果たして同じ言葉が出てくるのだろうか?
図星を刺されて痛かった?自分自身に問いかけた。それでもあなたには言われたくないと思った。
やっぱり夫は他人だ。
この感情も介護がもたらす負の一面だろう。

後日、電話に出た母の声色でホッとした。
施設側も当時オープンしたばかりで利用者募集中だったこと、
また当の本人も「行く」と返事をしたことで新しい場所、
私たちにとっての命綱を確保できた。

捨てる神あれば拾う神あり、だ。


それからわずか4ヶ月後、父は他界した。
決して平穏な4ヶ月ではなかったが、介護職員さん達にはずいぶんお世話になった。
うまく歩けないのにベッド脇のポータブルトイレを嫌って自力でトイレに立とうとする父。
夜中に転んで大変なとき、すぐ駆けつけてくれたそうだ。
興奮状態で母に暴言を吐いていた時も、深夜にも拘らず本人が落ち着くまで傍にいてくれたそうだ。
わがままな父を大切に扱ってくれてありがとう。



父のことを書き始めて、また夢を見た。
夢の中の父は怒っていた。だから夢の中の私も怒っていた。
朝ヘトヘトになって目覚めた。顎が痛い。
きっと奥歯を噛みしめていたのだろう。

覚えている父の顔はいつもしかめっ面。
笑顔を向けられた記憶がない。
そんなに家族が重荷だったのなら、なんで結婚したんだろう。
いつもイライラ不機嫌。いったいどうすれば満足だったのだろう。
長女だった私が嫁いだことが気に入らなかった?
家族の中で女三人が仲良くしているのが面白くなかった?
男である父を立てなかったから気に入らなかった?

最後の最期まで分からなかった。
以心伝心なんてありゃしない。俺の気持ちを察して欲しいなんて、そんなの甘えだ。
ちゃんと言葉で伝えなければ分からない。
夢の中で私はいつも父にそう言い続けてる。

だって、ほら最期に感謝の言葉を伝えたくとも、そのとき喋れなくなっているかもしれない。
そうだったでしょ。

あれから、
「私・・・ありがとうって言ったっけ?」と確認作業が欠かせなくなった。大事な言葉はきちんと伝えておきたい。

あれから、
ときどき怒りの感情とともに、父が夢に現れる。
いつになったら、父に対してフラットになれるのだろう。大嫌いだったけど、やっぱり嫌いになりきれていない、きっと。
血って、ややこしい。

そして、今日も遠距離介護は続く。
午後は母の夏服を見に行く予定だ。

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今日もお読みいただきまして、ありがとうございました。







遠距離介護…「うちではもう無理です」と断られて…


また片道3時間半かけて実家に向かう。
これからのことを考えると、道中ため息しか出て来ない。
一旦実家に荷物を置いて、母の車で施設に向かった。

ちょうど父は夕食を食べていた。
母の姿を見ると「帰りたい。帰りたい。」と興奮して暴れだすといけないと言われ、今日は私だけだ。
いったいどんな暴れ方をしたのか・・・

「父さん。来たよ。」と呼び掛けた。もちろん返事はない。元気な頃からまともな会話など成立したことがなかったのだから、最初からこちらも期待していない。

皿からこぼれ落ちた野菜をスプーンで掻き集め、口に運ぶ。以前は絶対しめじなんて食べなかったのに。
手先がうまく使えず、それでも一心不乱にしめじを追いかけている父。
居たたまれなくなって、スプーンを借りて口まで運んでやった。父さん、自分でやるから放っておけ!とは言わないんだね。

別人だ。
味覚まで変わってしまうんだ。
どうせ変わるのなら、その頑固な性格が変わったらよかったのに・・・
いつもニコニコかわいいお爺さんだったら、みんなから愛されるのに・・・
介護のプロにもさじを投げられた。
見捨てられたようで、せつなくて、情け無くて、腹が立って、もうぐちゃぐちゃだ。
自分も父から逃げたくせに・・・ね。

食事を終えた父が部屋のベッドに横たわるのを確認して、職員さんと少し話をした。
「妊娠している職員もいるし・・・怪我でもしたら大変だし・・・ねぇ。」と
父が暴れたことをやんわりと責められた。
まるで子供が悪さをして呼び出しを食らった親みたい。

いったい
私が何をしたというのだろう。
親に反抗などしたことのない扱い易い子供だったはずだ。
私が何もしなかったからバチが当たったのだろうか。

とりあえず、今月いっぱいショートステイで預かってくれる。
それでよしとしなければ仕方ない。
「すみません。お世話になります。」と頭を下げて施設を後にした。

明日はケアマネさんとの面談。
父の今後のことについて話合う。

今から数年前のことだけど、
思い出すと今でも息苦しくなる。